ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

スポーツの力っていったいなんなんだ。

 

スポーツの力で全国を元気に!!

スポーツの力で被災地に力を!!

 

いや、よくわからんけど人々を元気づける力を持つらしい。スポーツってのは。

 

体育の授業はあんまり好きじゃなくて、毎回平均の3を取ってた僕だけど、決して運動が嫌いだったわけではない。

放課後みんなでするルール無用のサッカーとか追いかけっことか、部活でなんだかんだ続けた水泳とか、意外と楽しんでやってたし、苦手意識は特になかった。

 

スポーツ鑑賞も今となっては見所を押さえてきたってのも相まって楽しめてる。

フィギュアスケートを見れば、羽生が転倒するんじゃないかハラハラして画面を注視できなくなるくらい感情移入したし、WBCの準決勝で守備を失敗した菊池がその後点を取り返したっていう気持ちのこもったプレーには思わず声が出た。

代表戦の久保のアシストやシュートには魅せられたし、川島がPKを止めた時は一緒に叫んだ。

観客を引き込む、魅せるといった意味でのスポーツの力ってのは確かにあると思う。

じゃなきゃこんなにスポーツ観戦は娯楽として確立されてないと思うし。

人を元気づけるためのプレーがあるってのも納得できる。

上記の菊池のプレーなんかはまさにこれに当てはまる。

 

でも、そんな僕だけど、そんな僕だからなのか、いや、中学生くらいからドッジボールがなんとなく苦手と気づいた僕らだからなのか、フライこっちに上がんないで欲しいなって思うようになった僕らだからなのか、スポーツで日本を明るく!!!みたいな意見を力強く発信してる人を見ると、心臓がぎゅっと掴まれたような感じを覚えるし、何言ってんだこいつって冷静になってしまう。

 

それは過信しすぎじゃない?

今日はこのスポーツに託された漠然とした力を考えたい。

 

スポーツ庁がしれっとできてはや2年。

ダンスが必修科目になってはや5年。

運動は推奨されるものになって、自由度を失ったように思える。

 

勉強しなさい!って言われると急にやる気をなくすように、片付けしなさい!って言われるとやる気をなくすように、人から強制されたことって急にやりたくなくなるものだ。

この映画面白いから見た方がいいよ!とか、このバンドマジでオススメだし絶対好きだと思うって言われると急に見たり聞いたりする気をなくすのも同じ現象。

 

自由にできるか、もしくはルールの中で自由度は高いか。

この束縛感や、閉塞感なく、動けるかどうかってのは、スポーツを楽しめるかどうかに通づるものがあると思う。

 

よくわからないまま始まった追いかけっこが楽しいのは、ルールや終わりがよく見えないからというのが1つの要因なんじゃないか。

これって強制がない自由度の高さが楽しさに直結してる例だと思う。

 

だからお偉いさんが、さぁ心身の健康のため、地域活性化のため、長寿のためみんなでスポーツをしよう!っ息巻いたところで、素直に楽しめないし、言ってしまえば勝手にやってくれよって話になってくる。

この時点で、人を引き込むスポーツの力は失われてる。強制されたことにやる気は出せない。

さらに言ってしまえば、運動が苦手な人たちはなおさら。

得意な人たちは技術を磨いたり、スーパープレーを演出できるからまだ楽しむ余地がある。でも、そうじゃない人たちはどうだろう。

証明とか苦手だわーとか暗記できないんだよねとか言うのと一緒。得手不得手が人にはある。

僕も含めて、運動が苦手な人、あまりやりたくない人が感じてきたであろうそのみんなで楽しもうよ!スポーツって素敵だよ!みたいなスタンスはそこらへんを理解できてない節がある。

できるできないの自分ではどうすることもできない差があることを、運動ができたために中学時代モテた人達は気づけていない。多分。

だからみんなで元気にやろうよ。楽しいよ。と声高らかに叫べる。

 

強制されたことにやる気をだせない僕らに、スポーツに対して得意不得意がある僕らに、一億総スポーツ社会の実現をしいてくる彼らが言うスポーツの力はきっとそんな大したもんじゃない。

楽しいことをしている時、誰もが笑顔であるように、彼らはスポーツが楽しいから笑顔になれて、明るくなれると思ってる。それはそれで別の話なのだ。なにも全員に必須にしなきゃいけないもんじゃない。なんでもかんでもみんなでやればいいわけじゃないってことは、手を繋いでゴールする運動会が物議を醸したことが明らかにしてくれてる。人為的操作が入った運動に異論が出てこないわけがない。

 

なんども言うがスポーツの力は、それだけで世を明るくできるもんじゃない。

プレーに魅せられて、手に汗握って声を出すのは僕らが見ているのがプロだからだ。もしくは、試合を楽しんでいる選手を見ているから。

やる側も見る側もみんなでやればいいってもんじゃない。

 

忖度してほしいものである。役人なんだし。