ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

夜とコンクリートに夏の匂い

 

5月に入ってまだ3日だけど、少しづつ春よりも夏に近づいているな、と感じることが多くなってきた。

日の上りの早さだったり、日の長さ、風の匂いとか、あとコンクリートに跳ね返るあの感じとか。

 

季節の移り変わりを五感で感じることは簡単で、新しい季節の訪れに少しいい気分になるのだけれど、これを言葉で説明するのは難しい。

どうしても「あの感じ」というものを置き換えられる適切な言葉がないような気がするのだ。

 

この夏の「あの感じ」を伝えるのに音楽と漫画にまさるものはないなと思う。

 

ハヌマーンDon't Summerや『ハイカラさんが通る』は気だるさや、少し涼しくなった夕方のあの感じを伝えるのがうまいと思う。

YouTubeにPVがあったら良かったんだけどないのでリンクは割愛。

歌詞が情景描写させるのに一役買ってることもあるんだろうけど、それよりもコードとテンポ、リズムが誰もが普遍的に感じるであろう夏の感じを想起させるものになっていると僕は思う。

 

こんなふうに五感で感じるものは、同じように五感に働きかけることが、説明として1番うまくいくと思う。

 

町田洋の『夜とコンクリート』という漫画もまた「あの感じ」を巧みに描きだしているなと思う。

 

独特の絵ではあるものの、コンクリートの無骨な感じとか、それが揺らいでみえるかげろうとか、夜の街灯とか、大きい入道雲とか。

夏を感じるきっかけになるパーツの散りばめかたが見事で、一コマ一コマに鬱陶しくも嫌いになれない肌にまとわりつく暑さが落とし込まれている。

 

 

終わらない夏休みを切望してみたり、どこか遠くへいけるワクワク感とか、感情の面でも夏にしかない期待を抱くわけだけど、自分の感情なのに説明できないあれがすべて季節のせいにできたらいいのになと思う。

全員が別の記憶から導き出しているのに誰が考えても同じになる「あの感じ」

何歳になっても魔物を追いかけているような気がして、見せられた虚像を追い求めているような気がして虚しくなる。

 

まあ、でも、説明できないからこそ、いつまでも追い求めてしまう夏らしさがあるような気もする。

 

そんな追い求めてしまう夏に一つの向き合い方を提示してくれる「夏休みの町」が収録されている短編集のなかで1番気に入ってます。

よかったらぜひ。

 

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では、また。