ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

それにつけても、おやつはカール。

 

ニュースとしては少し前の話なんだけれど、カールが東日本で販売中止するじゃないですか。

 

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これを受けて、買いだめに走る人、転売に回る人、西日本のショップから買えばいいのに転売ヤーの策略にまんまと引っかかる人、唐突に思い出を語りだす人、それを一蹴する人。

 

色んな人間模様が浮かび上がってるわけですよ。

 

でね、気になったのが

 

 

news.livedoor.com

 

これです。

 

伊集院の言いたいことはよくわかる。

 

けど、普段から食べてる食べてないは関係無しに、人ってもう無くなるとわかると、無性にそれをありがたがるじゃないですか。

 

 

行けないとわかると無性に行きたくなる

会えないとわかると無性に会いたくなる

見られないとわかると無性に見たくなる

 

食べられなくなるとわかったら無性に食べたくなるじゃないですか。

 

 

バンドの解散でよく見る、たいして普段から聴いてないやつが解散ってなると、「好きだったのに残念」とか喚き散らすあれと構図はまったく一緒ですよね。

好きなら少しでもお金を落とせよと。好だったのは無料で楽しめるコンテンツでしょう。とはまぁ思うんですけど。

あとは芸能人の結婚とかね。お前ら堀北真希佐々木希がそんな好きだったかと。聞きたいですよ。生まれ変わったらのくだりに乗りたいだけじゃないのかと。そう思うんですよ。

 

だから伊集院の発言はすごく納得できるんです。

残念がってるやつは普段から食ってるのか。と思います。

 

でも、そういうもんじゃないですか。

今あるものがなくなるから、それが急にありがたくなる訳じゃないですか。

 

「今を大事に。」とか、「いつかはなくなるから。」とかご高説をたれてるやつらだってきっと今頃カール買い占めてますよ。

 

大好きな今じゃないと、なくなっちゃうからね。

 

なくなることがわかった後に無性に食べたくなって、やっぱり美味しいなと思うことは決して間違いじゃないし、なくなることを残念がるのは至極当然のことだと思う。

 

むしろ終わりにさいして、普段から興味関心を他人に見せつけている人じゃないと残念がれない方が、おかしいと思う。

別に発言しなくたって意識の中にはいるじゃないすか。チーズ味のお菓子が食べたくなったらカールが思い浮かぶじゃないですか。そりゃ毎日チーズの気分ではないから毎日は食べないけど、それでも意識の中にカールはいるじゃないですか。

 

だから、カールを嘆いていいのはカールを普段から食ってたやつとするのは、行きすぎかなと思います。

もしそんなことになったら、SNSのプロフィールはみんな斜線で固有名詞を列挙するだけのものになってしまう。

 

なくなることが分かってから、無性に食べたくなったっていいじゃないですか。

今からありがたがってもいいじゃないですか。

だってそういうものじゃないですか、僕ら人間って。

無性にしたくなったことは、止められないですよ。

 

 

もっと自由にカールおじさんに別れを告げればいいのになと、一連の騒動で感じました。

 

 

だから僕にも一袋分けてください。近所のスーパー全滅なんです。

普段買ってない奴らが買ってんじゃねぇよと一瞬だけ思いました。ごめんなさい。

 

 

では、また。