ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

思い出とお化けはフォルダーごとに。

 

男性はフォルダーごとに。女性は上書き保存でしたっけ。

元カレ・カノとの思い出の記憶方法が男女で違うってのは有名な話で、うんこの話題と、同じくらい、わいわい盛り上がれる話題だと思う。

 

派閥ができる話題はやっぱり外さないですよね。

カレー味のうんことうんこ味のカレー論争は自称コミュ障の人ですら笑顔にさせる。

 

まぁ、どう考えてもカレー味のうんこです。

口の中ではカレーじゃないですか。

 

閑話休題

 

それがいいことなのか、悪いことなのか分からないけど、今日、思い出をフォルダーごとに分けて保存しているんだなと実感した。

遥か昔の話であっても、現状と別個にして扱うことができるというのは、自身にとっては有益なことかもしれない。けれど、誠実という点においては、真っ白ではないなと思った。

 

特定の1点を思い出す時、見向きもしないそれ以外の記憶は、完全にないものとして扱われる。それが申し訳なかった。

 

 

僕が今日必死になってオキク先生を思い出した時、がんこちゃんはきっとざわざわ森で泣いていた。

彼女には申し訳ないが、オキク先生のインパクトは、ピンクの怪獣ごときでは上書き出来ていなかった。

 

バケルノ小学校 ヒュードロ組』というNHKの人形劇を知っているでしょうか。

 

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これです。

 

今思えばなかなか突き抜けた作品だと思う。

主人公の「くらまノビロー」君が、両親のアフリカ転勤のために自分以外は全員お化けの街に住むという道徳劇。

 

これのオキク先生のインパクトが強すぎて、フォルダーごとに分けて保存せざるを得ないのだ。

上書きできるほど、後世の人形劇には飛び抜けた作品がなかった。最近、再放送が決定した『プリンプリン』も幼少期に大きな爪痕を残したが、残念ながら?この作品はバケルノ小学校よりも年代が前だ。

 

まさか今の生き方に、NHKの人形劇が関係することになるなんて、当時の僕は考えもせず生きていた。

集金のしかたを含めなかなか侮れない。

 

 

話を戻そう。

このオキク先生は、なにかあると怒るのだが、その時の顔がとんでもなく強い印象を与えてくる。

小学校低学年向けの作品とは確実に思えない。

 

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お化けはどんな顔がモテるのか分からないけれど、言い寄る男が絶えなそうなお顔立ちとお見受けする。

 

けれど、この美人めな先生は怒ると

 

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悪鬼羅刹のような顔立ちになられる。

一枚目の画像だけみたら完全に人を食おうとしている雪女だ。

 

いったい彼女になにがあったのか。トラウマ必至である。

 

画像を見てもらえれば一目瞭然だが、オキク先生のインパクトが、ただただ強すぎる。だから、フォルダーごとに分けて思い出を保存しないと、全部オキク先生に喰われてしまうのだ。

 

二階堂ふみのがんこちゃんでも勝てるか分からない。

 

これを幼少期に見たために、思い出が別々に保存されるようになったという因果性は。あながち間違いではないかもしれない。

 

とてつもなく強いインパクトを持っていれば、上書きだろうと、別個保存だろうと、垣根を飛び越えられる。

作品名と、先生の名前が分からなくて、調べてしまった僕が言うのもなんだが、印象一つで、誰かの記憶のなかに留まることが出来る。

 

オキク先生は今でも、怖い怖いと話題のようで、もしかしたらこれを読んでいる人の中にも、作品をよく見知っている人がいるかもしれない。

そういった人たちの中で、オキク先生がずっと残り続けるように、誰かの記憶に長く留まれたら、それは幸せなことだと思う。

 

だから、どっちの保存方法に対してであっても、できるだけ長く居続けたいものである。

 

 

では、また。