ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

スポーツへの意見は全部余計なお世話。

 

ACL 浦和レッズ済州ユナイテッドの乱闘騒ぎが未だに話題になってますね。日々物議を醸しています。

 

手を出した済州の行為は、蛮行だとか愚行だとか、いろんなところで批判の的になっています。韓国内でも叩かれてるみたいです。

 

最近では、騒ぎが起きてしばらく経ったからか、済州叩きでは数字が取れなくなったという現実的な問題からか、レッズ側にも問題があったという、擁護意見もちらほら出てきました。

 

報道には波がある。コラム的なものは、流行り廃りに流されている面がある。

だから、書き手が本当は責任の所在をどこにあると考えているのか本心はうかがい知れないけれど、レッズにも問題があったとするのは、いかがなものでしょうか。ほんとに本心で書いてるの?と思わずにいられない記事もあります。

 

もちろん、確かにレッズにも問題はあったよな。と思わせることができている記事もありますが。

 

 

え、まず乱闘騒ぎを知らない?

 

 

 
 
これです、これ。
 
スポーツが対して好きじゃなくても見られるほどの緊張度。
追いかけられた槙野という選手の「殺されるかと思った」というセリフが事態の緊迫度を物語っています。
 
 
けど、殺されるかと思ったってちょっとおもしろいですよね。
いや、笑い事じゃないんですけど、まさにリアル鬼ごっこじゃないですか。
逃げ足がクソ速いところが人間味があって好きです。山姥から逃げる絵本もそうだけど、人間が持つ火事場の底力が垣間見えます。
 
 
この槙野のガッツポーズが、挑発しているように見えるから襲撃したと韓国側の選手は述べていみたいです。
 
この行為が批判の的になることもしばしばありますが、見える見えないは主観ですからね。後からどうとでも言えますし、コラムを書く人がこの挑発をわいわい言うのはお門違いなんじゃないかと思います。
 
 
それに、手を出したほうが悪いと僕らはさんざん道徳として学んできた。いかなる理由があろうと、手を出したほうが負けなのだと。
非暴力・非服従の革命を大いに評価しているではないですか。
 
 
やり返すことなくやられてるのに、紳士的ではなかったとか、スポーツなのに子どもに見せられる試合ではない。とか散々言っていますが、やった側の主張を真に受けてスポーツマンシップがどうのこうのというのは、記事を書くために都合よく意見を継ぎ合わせているだけではないんでしょうか。
 
 
結局ここが書きたかったんですけど、そもそもスポーツマンシップってなんだよ。っていう話です。
 
「スポーツ嫌いの中学生を半減させる」等、できるから好きという自発的な感情ではなく、矯正的に好意を作れてしまうと考えられているものに、紳士もクソもありゃしないというのが本音です。
 
期待しすぎだよと。

 

nekoshisei.hatenablog.com

 

自分の記事で申し訳ないんですが、まさにこれです。

 

こうした外部からの矯正が1番スポーツを嫌いにさせる原因ではないのだろうか。

「楽しい」は創れるけど、作れないじゃないですか。

創るってのも、与えられるわけではないですし。

 
 
というか、ガッツポーズがだめなら卓球の「サッーー」もだめなの?という話になる。
 
素人ではなくプロですよ。遊びじゃなくて、勝つためにスポーツやってるんじゃないんですか?
 
何かを達成した時とか、努力が報われた時とか、人間は誰しも喜びたくなるものですよ。試合に勝って喜ぶことも咎められるなら、純粋に試合を楽しむことはできなくなりますよ。
テレビと同じで、選手や監督が常に観客の意見ばかりを気にして行動するようになってしまう可能性も出てくる。
 
感情が動かされないものに娯楽としての価値はない。結果だけを確認すればいいなら、それはもう賭博対象と何ら変わりない。
 
 
もちろん、敗者にも配慮は必要だと思います。
「勝者は人気者になれるから、友達が本当に必要なのは敗者だ。」という言葉もあった。クラマーという人の発言だったはずです。
 
 
勝者には勝者の義務がある。
けれどそれは、必要以上に相手を気にするのではなく、勝ち続けることだと僕は思います。
自分たちに勝っておきながら、次に負けられてしまう方がよっぽどやるせない。
 
 
レッズの批判が少しづつ増えているということを見ると、スポーツでは、勝利への貪欲さよりも、試合後の同情が作る美談が評価されるようになったのかと思えてしまう。
 
 
同情や幅広い仲間意識を育てられるのがスポーツ。
ボールまで友達にできるのがスポーツ。
 
「そんなスポーツを好きにさせます」「嫌いな子を半分にします」ってそりゃ無理難題過ぎませんか。運動神経が良くても、感情すら自由に表現できないスポーツを好きになる子はいないだろう。
 
お役所の方には、足が速くてモテた青春時代からご自慢の足で早く抜け出してもらって、実態をよく見て欲しい。
 
 
ガッツポーズを咎めるのも、好き嫌いも全部余計なお世話。
 
 
では、また。