ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

早起きに三文の徳もクソもない。

 

あぁ、やったなこれ。と気づきながら起きる時がある。

 

この感覚、分かりますでしょうか。

第六感が働いたと言えばいいのか、授業中、先生に当てられる直前のあの悟りの感覚に近いといえばいいのか。

 

想像よりも外が明るい時。想像以上にスッキリ起きられた時。

やったこれは、と時計を見ればまだ起床時刻30分前。

 

この感覚、分かりますでしょうか。

焦りを返してくれ、と同時に、まだ寝られるという喜びが、やっちまったという判断で急激に目を覚ましていた脳髄を、シナプスを、駆け巡る。

 

イントネーションは

あぁ、や↓ったなこれ。

あぁ、や↑ったなこれ。

 

好きな方で読み進めてください。

 

焦って飛び起きれば、まだ起床時刻30分前。この30分は至福の時だ。

ゴロゴロして30分の経過を迎えることはほとんどなく、ちょっと寝ては時間を確認。ちょっと寝ては時間を確認。と、どうやって睡眠に入ったかもわからないまま、サイクルを繰り返す。

 

思うに薬物によるトリップというやつはこんな感じなんじゃないだろうか。浮遊感があるって証言をよく聞く。

 

田中聖も橋爪遼も昼夜問わず、この気持ちよさを味わっていたのか。そりゃ歯止めが効かなくなるのもわからなくはない。

 

まさか睡眠で代用できるとは彼らも思っていなかっただろう。

 

 

そして、寝坊はできないと意識が張り詰めているからなのか、起きても5分くらいしかたってないことが多い。

これが素晴らしい。まだ寝られるじゃんをなんども繰り返せる。

生命に備わった唯一の幸福製造機能。

 

 

しかし、帳尻は合わせないといけないという定めか、はたまた創り出した幸福が前借りしたものだったのか、サイクルを繰り返しながら起床時刻に近づいていくと、時々8分とか10分という大規模な遅延障害に見舞われる。

 

意識が時刻表通りにやってこない。

 

最後の5分というところで発生することもしばしばある。その場合は15分とか20分、実は起きたくなんかないのに付き合ってやってるという、身体の大規模ストライキとして発生する。とりあえずメーデーからでお願いしたいよ。経営者は。そうして、一瞬で振り出しに戻る。

 

 

あぁ、やったなこれは。

 

しかも、天下一武道会でじじい(神様)と戦うヤムチャよろしく、修行したあと毎回悟った顔して散っていく、去り際の美学・黒崎一護よろしく、幸福なサイクルの中で平和ボケし、慢心しきっている心は、1回目よりも早く対応できない。

 

またまた、まだ寝られるんでしょ。という油断しかしていない。

だから時計を見て、いつもより騒がしくなってる目覚めかけた街の喧騒を聞いて、全てを悟る。

 

あぁ、やったなこれ。

 

というか、現在進行形でやっている。

 

 

あとはドラマの主人公よろしく飛び起きて着替え、荷物をもって駅まで走るだけだ。

さっきまでのゆったりとした幸福はいずこ。

帳尻合わせにしてはバタバタしすぎてる。

 

薬物も、ちょっとした早起きもろくなことがない。

 

いや、こうして記事をかけるのだから、ちょっとは幸福よりかもしれない。

 

 

寝坊しました。おはようございます。

 

では、また。