ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

タイトル紛争 in 日本。

 

title:表題、題名

       肩書き、資格、(競技の)タイトル

 

タイトルというのは厄介なものでして、記事の内容を端的に言い表すことが、いい場合と悪い場合がある。

 

いい場合は、内容を全部出したほうがインパクトを持つ時。

ニュースでいえば、3億強盗なんかがいい例だと思う。「3億の金塊強奪 福岡」え、どうやったんだろう。とか詳細みたいとか思うんじゃないでしょうか。

逆に悪い場合は全部出すことで内容全てが分かってしまう時。核心部までが読み取れてしまう時だ。

ニュースでいえば、「新潟県で火災 4人が死亡」とかね。

ニュースに貴賎はないからどちらも大事な内容なんだけれど、後者はタイトルだけで全てが分かってしまう。わざわざ分かった内容を文で読むことはしない。

 

だからこのタイトルだと前者しかクリックしていただけない。

 

電脳世界において、クリックしてもらえるというのは凄いことだ。

つまらなければすぐページの左を右にスワイプされてしまうし、見たいもの・見たくないものを選べてしまうため、また他にも似たようなものがごまんとあるため、よっぽど興味関心を抱いてもらえないと、まず見てもらえない。

 

スタート地点に立てないのだ。

 

だからあの手この手で興味を引こうと躍起になる。

画像をつけてみたり、核心部を隠すだけでなくバカみたいに煽る。

こうなると視聴者もバカになってしまう。とりあえず見てしまう。結果にさして興味がなくても見てしまう。

 

釣りにならないギリギリの攻防は今現在いたるところで勃発している。

 

クリック紛争 in 日本。

製作者は各地に、無駄に長いタイトルを繰り出し、民から血税(時間)を吸い上げる。

民も民で学習し、無駄に血税を巻き上げられないように核心を見抜こうとし時間の巻き返しを図る。

 

好奇心から見るという純粋さはクリック数が金になる文化によって破壊された。

 

タイトル界の異端児を多く生み出したのは他でもないYouTubeだ。

 

〜〜〜〜してみた結果www

〜〜にドッキリしてみたら凄いことに。

〜してみたら〇〇なことに!

 

 

この3パターンが各所で使い回されている。

 

生きていくための好きなこととはなんだったのか。

右にならえを繰り返すことだったのか。

 

発案した、というかこのテンプレを作った人は偉業を成し遂げている。こんなに活用されるテンプレは他にそうない。動画欄のなかでこれが転がっていたら思わす見てしまう。

 

ただ、あまりにも増えすぎたためにもう革新感は無くなってしまっているが。

 

いつだって、模倣するだけのやつが消費できる余地を根こそぎ使い切ってしまう。

次を作らず、テンプレを発展させずに何がクリエイターだよと思わずにはいられない。

 

面白そうだから見るのか、製作者が好きだから見るのか。どちらにせよ、パターン化したタイトルに惹かれて見てはいない。

 

まさに思考停止。タイトルと内容のギャップに文句を言う奴は1人もいない。

そもそもタイトルに対して内容が答えになってない。

 

 

圧倒的な情報量を取捨選択しなければならない現代のネット社会。

もう少し想像を膨らませる余地があってもいいと思う。

 

 

では、また。