ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

取り壊された建物、即座に思い出すの不可能説。

 

駅前の居酒屋が乱立する通りに、急に空き地ができた。

 

文字通り急に。

 

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いや冷静に考えれば、おそらくちょっと前から建て壊しの工事はあったんだろうけど、何かがあるのとないのでは大違いで、なくなってから初めて気がついた。

別冊マーガレットで連載されてる少女マンガか、野田洋次郎みたいだ。

 

なくなってから気づいた。なくなってから大切さに気づいた。復縁ストーリーの始まりを感じてしまう。

アンニュイな空気感を醸せるけれど、取り扱いには注意が必要で、

声に出したくない日本語ランキング上位入選。

目を見て言うには難易度が高い言葉ランキング2位。

脳内垂れ流しの独白で使われそうな言葉ランキングでも上位。となかなかの偉業だ。(僕調べ)

 

こういったことを日常的に話し、だから大切にするんだと息巻いてる人たちならすぐに思い出せるのだろうか。

 

建て壊しの取り壊しにはよくあることだと思うんだけど、昔そこになにがあったのか急に思い出せなくなる。

 

雑居ビルだったか店だったか。チェーン店だったか個人経営だったか。カフェだったのか居酒屋だったのか。そもそも飲食店だったのかどうかすら怪しい。

 

ほんとに急に思い出せなくなる。毎日見てたのに。

網膜に投影された映像を必死に引っ張りだすも、なぜか思い起こされる風景の中でもそこの建物は取り壊されてる。

喉のあたりまでは答えが出かけているのに、考えても考えてもあとひと押しがでてこない。

 

脳内地図の更新が早すぎる。グーグルマップだってもっと時間がかかるのに。

 

日常に溶け込みすぎたのか、そもそも溶け込んですらなく意識の外にあったのか。どっちにしても思い出せなくて、モヤモヤする。脳内にも同じように空き地ができたみたいだ。

 

期末テストをめくるとさっきまで見ていた問題。リード文は思い出せるのに答えのところだけモザイクがかかったみたいな。そんな現象に朝から苛まれている。

 

人の顔もそうで、毎日見ているのに細部が思い出せないとか、しばらく会わなくなると洋服や背格好は当時のまま覚えているのに顔だけ霞んでしまうことが多々ある。

 

ここらへんまでは出てきているのに、あと1歩が足りない。

ふとした拍子に思い出すんだけど、今度はなんで思い出したかったのか覚えてない。そんなことがあると寂しくなる。

 

記憶を画像や動画に置き換える研究が進んでいて、いずれは膨大な量にわざわざ海馬を割く必要はなくなるらしい。

けれど記憶が記録である必要はないと思う。写真と脳内の映像はイコールではない。記憶の映像には焦点を合わせた僕ら自身の意識がある。

ファインダー越しの私の世界と私の世界は決して同じにはできない。

 

だから全部は覚えきれなくても、笑った顔くらいは覚えていたい。

 

うちのおばあちゃんも最近は喉まで出るんだけど色んなことが思い出せないんだよねぇと言っていた。

冗談めいた感じに話していたけれどなんだか悲しくなって、見せられるうちにたくさん顔を見せておこうと思った。できるだけ笑った顔を。

 

 

では、また。