ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

SMAP再集合の夢、断たれる。

 

SMAPがさ、もう2度と5人揃ってみられなくなってしまった。

 

ファンでもないし、特定の個人が好きなわけでもない。

カテゴリーとしてゴシップにもさして興味はないから、草薙君・吾郎ちゃん・慎吾の今後がどうなるかなんて、どうでもいいといえばどうでもいい。強いていうなら今まで忙しかったわけだし、のんびりして欲しい。

 

芸能界に関わりがあるわけでもない一般人の僕からすれば、バイト先のあまり仲良くない先輩が辞めちゃうみたいなもんだ。

結局は人ごとなんだけど、ゆっくりできたらいいですよね。

 

だから、無理に当事者になろうとする、「夜空ノムコウはめっちゃ聴いてた」とか、「慎吾ママがもう見られないなんて」とか強引に興味を切り取ぬく人たちの心境はちょっとよくわからない。

 

悪いというわけでは決してない。

興味ないって言ってる僕のガヤの方がはるかに訳がわからない。

 

ただ、カールの販売中止もそうだったけど、こういうのって無料で参加できる祭りがあるからとりあえず参加しとけ。みたいな意識が見え隠れしてる。

本当に好きだった人たち・なにもできないのに何かしたくて『世界に一つだけの花』をとにかく買った人たちの気持ちを思うと、とりあえず参加しとけという姿勢はいかがなものかと感じてしまう。

 

「辞めた3人好きだったのに😭悲しい😭」

「それな。うちも思ったわ」

「やっぱり? てかそろそろ集まんね?」

ってただの飯の種に落ち着くならわざわざこれを出さんでも。

 

BOOM BOOM SATELLITESの川島が亡くなった時、中学時代を救われたと話し大ファンだった僕の友達はなにも言わず泣いていた。ただただ静かに泣いていた。

本当に悲しいときは、涙だけがそれを表現できるんだな、と言葉をかけることすら今は適切ではないなと思ったことがある。

 

そういう背景も相まって悲しみを思いっきり踏み捻りにいくのはどうなのって思ってしまう。

 

なのに無理に加担するなよって述べながらも、こうやって記事を書いているのは、僕なりに思うところがあるからだ。

というのもメディアの報道が見てられないという話。

 

なんだか最近見てられないとか触れないとかそんなんばっかりだ。表現が偏ってしまってボキャブラリーや、表現力と感性のなさに自分でも驚いている。

 

SMAP解散報道の時もそうだったけど、センチメンタルを煽りすぎじゃないですか?

 

曲が流行った時代の解説と、BGMは『世界に一つだけの花』か『夜空ノムコウ』

悲しさとかおセンチって煽るもんじゃないでしょうに。個人が自発的に感じるものだと思う訳ですよ。

 

あの時代はこの曲が・あの時にはこのドラマがって、メディアも悲しい論調ではあるけれど、とりあえず参加してる感が否めない。

というか、5人の写真が使えないとか、ネタが減るとかそういう物理的な影響を悲しんでるようにさえ感じてしまう。

 

大規模な自然災害の後の立ち回りで好感度を上げ下げする芸能人達がたくさんいるけど、メディアもこれと同じで好感度を上げようと必死になっているようにも見える。

 

悲しいってことはファンが誰よりもわかってる。

むしろこの煽りはそういったセンチメンタルを削ぎかねない。

耳に張り付いた名バラードも、サビだけ聴きすぎて正直、耳も心もいっぱいいっぱいだ。

 

もちろん偉大なグループだったから扱っているというのも分かるんだけど、今日の夜まではテレビをつけたくない。

悲しいふりはもうたくさんだ。

 

では、また。