ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

見て、聞いて、そんで知って。

 

ちょっと前のことなんだけれど、アカウントが残ってたら。と急に思い立ちmixiにログインした。

 

登録していたメールアドレスだけは覚えていたから、高校生の時によく設定していたパスワードを片っ端から打ち込んで、なんとか入ることに成功した。

結構な時間を費やしていて、我に帰った今なんて無駄な時間を。と思うけれど、ふと思い立ったものって歯止めがきいた試しがない。

 

久しぶりにログインしてみると、思いの外かつて「マイミク」だった人たちはアカウントを消さずに辞めたらしく、結構な人数との繋がりが残っていた。マイミクという響きが懐かしすぎて急にノスタルジーだ。

 

怪盗ロワイアル、ドリランド、マイミク。ここらへんで感傷に浸れるのは逆に乙な気がする。

ビー玉、ジブリとローソン、サイダーとかはノスタルジーを感じる代表格だ。確かにジブリとローソンはノスタルジーを感じる。

けど、サイダーって今でも売ってれば飲む。同じようなところでアイスキャンデーってのもあるけど、これもよく食べる。ビー玉に至っては図工の時間にしか使ったことがない。

上述した要素が含まれている絵や文章を見ると懐かしい気持ちになるけど、これらの大半は実は過去の遺産になりきれていない。今ではもう使う人がほとんどいなくなったドリランドやマイミク。これこそがノスタルジーの代表格にふさわしい語だ。

 

 

タイムラインを遡ろうと思ったら、ツイッターと連動させてる人がいて、つぶやきは埋まってしまっていた。

今でも付き合いのある人達の恥ずかしさを掘り返すことはできなかった。

 

mixiの思い出と言われて真っ先に思いつくものが2つある。その一つは「紹介文」というやつで、結果から言えば見なきゃ良かったと思ってる。振り返った過去がいつまでも綺麗なものであるとは限らなかった。

 

ガラケー時代の絵文字に、母音が小さくなった文章。多用される「とりま、今後もよろしく。」「そんな◯◯にみんなもマイミク申請」

僕が書いた文章ではないのに、冷静に文を目で追えない。恥ずかしすぎる。

1人で赤面して、唇を噛み締めていた。

 

とにかくどんな文章だろうと、あの頃はたくさん書いてあったほうが第三者に自分をちゃんと見てもらえる気がしていた。書いて欲しい人イイネとか、書き合いとか色んな方法で、特に仲良くもない人からの紹介文を集めては、他人に見せられる自分を作っていた。

 

部活の先輩後輩、クラスの友達、中学校の時の友達。色んな人から書いてもらうことで、よく知られた1面だけではない。意外な面もあるということを発信できているような気がしていた。

 

書いてもらえてたということは、僕が一筆したためた素敵な紹介文が他の人のページに埋まっているということだ。見ようか見まいか葛藤があったけど、わざわざ見に行かなくて良かったと思ってる。

 

ログイン時間が1番最近だった後輩の、1番上の紹介文が「他の男がマイミクしたら許さないから」という絶対別れるカップルのテンプレが記されていたことには感謝しかない。嘘みたいな話だけど、僕の心の崩壊を未然に防いでくれた。◯◯高(本来は実名)の神風卍には足を向けて寝られない。

 

僕の後輩はこんな名前のやつとよく付き合おうと思ったな。

 

mixiの思い出のもう一つは「質問バトン」だ。思い出というと聞こえはいいが、実際には今見返したくない二つかもしれない。

これも紹介文のように自分を見て欲しいという欲求のはけ口になっていた。

 

回ってきちゃったから。と仕方なく参加している程を装っては、嬉々として回答していた。実際に自分が回答したものに、クラスの中でツッコミが入るとうれしいもので、見てくれているという安心感は10代の揺らぐ存在認識に安らぎを与えてくれていた。

 

いいものだった。みたいな書き方をしたけど、これは側面を切り取ったものだ。

実際は自分の見せたい部分を、意図通りに見せられるような質問内容のものを探すことに躍起になり、他人の回答には目もくれずに面白そうなバトンに自ら参加していただけだ。

 

「えーまた回ってきたよ」という本心を隠した一言に日本人のしたたかさを学んだ。

 

自分を知って欲しい。これをいかに表に出さず他の人に自分を見てもらうか。この点はmixiでかなり学んだ気がする。

 

会話で俺は俺は。私は私は。とすると嫌がられるのは定説となっているけど、それを避けて自分への承認を避けるのはなかなか難しい。そこらへんの立ち回りをmixiは鍛えてくれた。

 

元カノにつけられた足跡の意味に惑わされない屈強な心も鍛えられた。気になるあの子のページに飛んでは速攻で足跡を消す、ストーカのような快感も学んだ。

ログイン時間は1分以内なのに、メールが返ってこない駆け引きに男女の機微を学んだ。

 

今思えば、mixiは社会の立ち回り方に少なからず影響を与えている。

いい面を切り出して言えばこうなる。

 

見てくれ。聞いてくれ。知ってくれ。俺は今ここらへんが承認されたいんだ。案に黙する美学にノスタルジーを感じずにはいられない。

赤面は避けられないけれど。

 

アカウントが残っているなら、久しぶりにログインしてみてはいかがでしょうか。あの頃で止まった時間が動き出すかもしれません。

 

では、また。