ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

ユニクロすら高い。

 

感性というものは鈍っていくばっかりだ。流行・おしゃれ・部屋の内装・好みは意識的に見ないと次第にどうでもよくなってしまう。

 

感性を磨くきっかけがあると、興味関心は一時的に回復して生活水準が上がる。あれが好き。これが好き。私ごとでしかないけれど、自分を確認する意味でも感性と向き合うことは大事だ。

 

けれど残念ながらパターン化した生活で感性を磨く機会なんてほとんどない。コシノジュンコとかドン小西にならないと日々感性なんて磨けない。美術館に出向いても、本を読んでも、家と学校や職場を往復する生活で、あれが着たい。これが着たい。と衣服に能動的になることは滅多にない。

人から見られることに対する美に意識が向いてないと、外面なんてどうでもよくなってしまう。

 

流行にも最先端にも頓着なくなった最近、ユニクロすら値段が高いと思う。

来るとこまで来たなって感じだ。スウェットとクロックスで都内を歩く日は近い。デートに着ていく服があればそれでいい。いや、まとえる布ならもうなんでもいい。トイレの鏡に映った自分は売れ残りだけを着たマネキンのようだった。

 

関心がなくて、感性が鈍くなっても生きていく姿はかっこいいでしょ、という話ではない。鈍化した感性とうまく付き合わないとこのままではマネキンとなんら変わらなくなってしまう。

 

お母さんが買って来る服を着ているという訳ではなくて。ここだけは強調しておきたい。

感性で選んでない服をまとった自分は、閉店後に着替えさせてもらってるマネキンとなんら変わらないように見える。

 

今の状況ではズボンとシャツがあればなんとかなる。デザインとかブランドとかなんだっていい。サイズさえあっていればそれでいい。だから、行き着く先はファストファッション。

 

しかし「プチプラでもおしゃれ」みたいなのを求めているわけではないから、ユニクロが高い。Tシャツ1枚に1000円って正気の沙汰とは思えない。GUもZARAもみんな高く見えてくる。

 

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これらは、おしゃれにアンテナを貼り巡らせている人たちから見たファストであって、マサイ族みたいな格好でもいいやと思ってるやつはお呼びじゃない。いつの間にかファッション業界の縮図からも逸脱していたようだ。

 

「古着の汚さを緩和できるからファストファッションはマジ便利」とか思ってたあの頃の感性は、磨耗しすぎてどっかにいってしまった。

fenderの極薄のピックを何枚も無くしてきたように、薄くなった感性もどこかへ無くしてしまった。

 

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ギターを弾くためのピック。

一時期薄いのが好みで愛用していた。

いろんな種類がありすぎて定期的にいい塩梅のものを探したくなる。

ユニクロとは全く完結ない。

 

着たい洋服なら値段なんて気に無くなるのかもしれないと思い、「普通」そうな人が着る洋服屋を覗いてみればTシャツ1枚2000円はくだらない。

この2000円は好みの2000円なのか。街中で多く目にするから好みのような気がするのか。単純接触効果に惑わされている。

 

何にお金を払えばいいのか。簡単なことが1番難しいとはよく言ったものだ。本当に難しい。感性が働いていないと、能動的な生活を送れない。屍かマネキンか。行く末がどちらかしかないのが問題だ。

 

鈍ったままの感性じゃ、自分で選択することすらできない。自分が持っている選択肢に気づけない。 「好き」にお金を払うのも、「見られたい自分」にお金を払うのもどっちにしたって、起点となるのは好みだ。

 

性別が女性であれば街行く人全員が好みの女性に見えている今、社会との繋がりを密に持たないと好きと嫌いが崩壊してしまう。そうなったら着たい洋服どころの騒ぎじゃない。

 

感性もピックもよくなくす。けれど失くしたままじゃ次を補填できない。自分の好きなものを生活に取り入れるために、いい塩梅のものを探さないといけない。

 

ユニクロ安くて丈夫で最高だよ。と言えるように早くなりたい。

安いはダサいと錯覚してる勘違いファッション野郎にだけはなりたくない。

 

 

では、また。