ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

miwaと土屋太鳳を足し算。

 

昨今のラブコメ映画は、とりあえずのキャスティングで乗り切りすぎだと思う。毎回毎回似たような顔ぶれ過ぎて、全部同じに見える。いや、話の本筋もだいたい一緒なんだけどさ。ちょっと前に公開された映画を再上映しても気づかれなさそう。

 

こき下ろすことになるから、ラブコメ映画やそれによく出演する演者が好きな方は見ない方がいいかもしれないです。

 

で、思うのが、ラブコメ映画に多く出演している演者は薄っぺらいなということ。時間が有限である以上、俳優・女優が出演できる作品やCMには限りがある。その中であえてラブコメに多く出るということは、それだけ模擬恋愛に時間を割くというこになる。

 

演技する以上、台本の読み込みや、役の立場や心情を推察するということは必要不可欠だ。こればっかりはシェイクスピア演劇の頃から何も変わらない。役をやるなら自分ではなく、他の誰かになるしかない。

 

ということは、ラブコメ映画の常連俳優・女優は、恋愛に奔走するキャラの立場になり、必死に当事者にとっての片思いや、恋とは何かを考えているということになる。マックに集うJKとなにも変わらない。いい意味で言えば、そういった人たちは何歳になっても若々しい。

 

けれど、だ。やっぱり映画に貴賎はないというのを大前提にしても、『硫黄島からの手紙』や『ピンポン』『おくりびと』みたいな登場人物の心情を、仕草と台詞からも読み解ける余地があるような作品と比較すると、やっぱり話の系統的に薄っぺらい。だから演じるにあたっても推察する幅も広くなく、大した演技力も必要ない。

 

ドヤ顔で見所シーンは素早い壁ドンです。と言われても。キュンキュンするにはいいんだろうけど、「演じきった」みたいな感を出されても困る。見る側の評価基準は「迫真さ」より、「早さ」でいいのだろうか。

 

好き→悩む→解決してハッピーエンド。という基本的な流れから離れられない以上これは致し方ないことではある。けど、これに好んで出演しているとなると、底が知れる。

 

ラブコメ映画は演技よりも恋愛に重きを置いている演者たちの代表作になるはずもなく、名作として後世に語り継がれるような作品になることもない。

 

そんな作品を好み、演技しているのだ。実在すらしない恋愛ばかりに想いを巡らせる出演者は演者として薄っぺらい。それどころか、普段から恋愛のことだけを意識するわけだから、人間的にも大したことなさそうな気がしてくる。

 

限りある時間をラブアンドコメディに割いているのだからローリスクローリターンだ。映画が大爆死することはなくても、大ヒットすることもない。人間的にもローリスクローリターン。社会に揉まれての成長が大してない。

 

なにが言いたいって告知やプレスリリース情報で土屋太鳳見るのに飽きてきたということです。

 

では、また。