ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

愛が地球を救って40年。

 

生まれた時から24時間テレビが定着している僕らからすると不思議な話ではあるけれど、第1回目の放送は募金金額の目標は1億円程度で、しかもこれが不安視されていたらしい。

また番組の反響を予測できず、応援メッセージなどで用意していた電話回線がパンクしたようだ。

 

けれど蓋を開けてみれば、番組内で発表できた募金金額は4億円。口座の計算が間に合わなかった分を含めると12億くらい集まったらしい。

とんでもない幕開けだと思う。

 

これに気を良くした日テレの社長が毎年やる宣言をして、40年間毎年愛が地球を救うことになったわけだ。

 

気を良くしたのが募金金額だったのか、スポンサーなどで動いたお金だったのかは知る由もないけれど。

 

正直言ってしまえば、福祉とかチャリティーなんて言葉が根付いていなかった当時だからこそこの番組は成功したわけで、今はよく話題になるが時代錯誤感が否めない。

 

障害者×感動の図式はNHKが24時間テレビの裏にあてたバリバラでも議論されていた。チャリティーなのに出演者が多額のギャラをもらうことに関してビートたけしは疑問を呈しているし、年数が増えれば増えるほど、問題点や疑問点が増え、ついていけない視聴者が増えている。大御所バンドの様相だ。

 

障害者に対して嫌悪とはいえないまでも、好みはしないなんて人たちは、頑張っている姿を見て果たして応援したくなるのだろうか。

電話内に障害者がいると、早く降りてくれないかなと心の隅で祈ってしまう僕は、毎年片目に見ることすらちょっぴり複雑な気分になる。

 

嫌なら見なければいい理論を提示してくる人がいるかもしれないけれど、番組だけでなく、番宣や企画説明などで、2.3週間前から始まるこの大金が動く祭りを、見ないで生活するほうが難しい。

 

 

そんな24時間テレビ。今年はランナーが問題になってるらしい。りゅうちぇるが候補だったけれどすっぱ抜かれたために白紙になったとかなんとか。

 

正直誰が走ったって結果は変わんないだろうし、視聴率は高水準を保てるだろう。

 

しかしながら、走る理由がある武道館の誰かが走るって、他校の部活の身内ノリを見せられてるくらいの疎外感がある。

 

そこで今回僕が言いたいのは、今年のランナー、駅伝形式で走ればいい説だ。

他じゃ目にしてないこの学説。もしかすると僕はが第1人者かもしれない。

 

企画自体も簡単なのがいいところだ。

 

10人だか11人で1人10km。 番組が終わるギリギリにゴールしやすい100kmを簡単に走破できる。

 

体調面の危険性を考慮せず、入念な事前準備なしに走らせるとはパワハラだ!と叫んでいた人たちも一斉に黙らせられる。

 

さらにだ、アンカーの距離を少し長くして、今まで走った走者の支えあってゴールしてもらえれば最後の取れ高はバッチリ。1日かけた壮大な感動ストーリーに募金金額はストップ高間違いなし。

 

タスキの重さをゴール後のコメントで語ればネットニュースの一面を飾れるだろう。

 

我ながら完璧すぎる。

リレー日本代表がメダルを獲得した2017年。駅伝形式で走るには理由づけもバッチリだ。

 

走行距離が足りないなら、武道館の観覧席にいる一般人を使えばいい。

あんだけ人がいれば、2017年に結婚した人、子どもが生まれた人、身内に障害者がいる人くらいいるだろう。

 

そういった人を巻き込んで1000kmくらい走れば話題性は抜群。みやぞんに次ぐスターも発掘できるかもしれない。

 

告白にちなんで、今まで言えなかった話を告白してタスキを渡すとかにすれば、さらなる感動を巻き起こすことだってできる。

 

全くもって完璧だ。是非とも採用してほしい。

そのさいは僕も走らせてください。都内にはいるはずです。

 

 

では、また。